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50代でミスコン出場したサロン経営者の信念 「挑戦する女性は、いくつになっても美しい」

2021.05.20

2021.06.12

50代でミスコン出場したサロン経営者の信念 「挑戦する女性は、いくつになっても美しい」

専門商社や航空会社勤務をへて独立し、都内にエステサロンをオープン。50代にして誰もがうらやむキャリアをもつ飯野浩世(いいの・ひろよ)さん。ディレクターとしてミスコン現場にかかわる筆者がミスコン出場者の葛藤と成長をお届けする連載、今回の主役は彼女だ。両親の介護と死別を経験、心が晴れない日々を過ごしていた浩世さんが、ミスコン出場をへて前向きな気持ちを取り戻すまでの軌跡を追う。

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独立、両親の死……激動の50代とミスコンとの出会い

▲「心のモヤモヤを晴らし、前進したい」その思いが浩世さんをミスコンの舞台へと導いた

「実はここ、以前の職場だったんです。独立前は長い間、航空会社に勤めていて。つらいこともたくさんあったから、ずっとあまり来たくなかった(笑)。今こんなに穏やかな気持ちでいられるのは、心の中にあったひとつの壁を乗り越えられたからかもしれません」

大会当日、並んで羽田空港を歩いていると、浩世さんはそう打ち明けてくれた。54歳でミセス・インターナショナル/ミズ・ファビュラス(以下、ミセス・インターナショナル)への挑戦を決めた彼女。羽田空港の国際線ターミナルにあるSKY HALLが、日本大会の会場だったのだ。

浩世さんは化学薬品専門商社や航空会社勤務をへて、50歳を目前に独立。仕事の中で気づいた笑顔の大切さを広めるため、都内に表情筋美肌サロン「スパークル スマイルラボ」を立ち上げた。さらなる発信の場を求めてミスコンという新しい世界に出会ったのも、この頃のことだった。53歳のときには、あるコンテストの日本代表として世界大会に出場した。

「世界の舞台で自分を表現する女性たちは、本当に素敵でした。誰かのために動くことをいとわないような、愛にあふれた人たちで。本物の美しさって、ただ単にキレイにお化粧をして、ゴージャスなドレスを着ているってことじゃないと思うんです。それを発信したくて、ミセス・インターナショナルにエントリーしました」

プライベートでは両親の介護と死別を経験。自分の身なりに構っていられないほど余裕のない日々が続いた。両親を見ていると、自分ではずっと先にあると思っていた「老後」という言葉もちらほらと見えはじめた。50代、独立もしてこれからというときなのに、心はどんよりと曇りがち。浩世さんはミセス・インターナショナルへの挑戦を、そんなモヤモヤを払拭する突破口にしたかった。

美容法は「無理をせず、心をよろこばせる」こと

▲ストレスフリーの生活で美肌と笑顔を磨く

「これまでずっと、どこか肩肘を張って生きてきた気がするんです。取り柄のない自分が嫌いだったし、若いころは人より頭ひとつ背が高いこともイヤだった。自信がないから、それを隠すために必死だったんでしょうね。強さと虚勢をはき違えていたのかも」

浩世さんはそう言って笑う。肩肘を張らないけれど、強くてしなやかな女性になりたい。そう考えた彼女は、ミスコンへの挑戦のなかで自分と向き合うことに専念した。ありのままの自分を受け入れられるようになると、肩の力がスッと抜けた。無理をせず自然体で、心がよろこぶことをする。いつしかそれが浩世さんの美容法になった。

「ストレスは美容の大敵。だからコンテストに向けても、無理なダイエットや運動はあえてしないようにしていました。唯一日課にしていたのは、仕事でもお教えしている表情筋のエクササイズ。代謝がよくなるのかお肌がツヤを取り戻し、笑顔も魅力的になるんです」

▲フィットネスウェア審査でポーズを決める浩世さん

浩世さんが一番苦労したのは、フィットネスウェアの着こなしだ。ミセス・インターナショナルでは、フィットネスウェアを着用しての審査が行われる。このフィットネスウェアというのが、くせ者なのだ。身体のラインがバッチリと出るのに、ハイヒールでごまかすこともできない。デザインで目の錯覚を起こせる水着のほうが、まだ安心できるくらいだった。

しかも、時はコロナ禍と来ている。ジムに通えず、自宅でオンラインレッスンを受けながらトレーニングを続けたが、不安はぬぐえなかった。光が見えてきたのは、日本大会の数週間前。ポージングの指導を受けるなかで、歩き方やポーズの取り方次第でスタイルをよく見せられることに気がついたのだ。

日本大会直前、友情を感じた「深夜の練習」

▲仲間のサポートも得て、見事50代部門のグランプリを獲得

そうしているうちに大会が目前に迫り、出場者が集って大会の最終仕上げとなる講座を受ける「ビューティーキャンプ」がはじまった。準備万端だったはずの浩世さんだが、思わぬアクシデントが発生する。緊張のためか、本番前日にもかかわらずショーイング(ステージで歩くときの動線)が覚えられなかったのだ。焦る彼女に声をかけてくれたのが、同じく大会出場を控えたメンバーの1人だった。

「不安そうな私を見て『よかったら、私の部屋でいっしょに練習しよう』と言ってくれたんです。本番直前、彼女も落ち着いて準備したかったことでしょう。そんなときに私のことを考えてくれるなんて……。涙が出そうになりました。

その日はあと数名のメンバーも誘って、深夜までショーイングの練習。ミスコンの出場者どうしというと、常に火花を飛ばしあっているようなイメージでしょう(笑)。でも、ミセス・インターナショナルは違う。大人になってからは貴重な、本物の友情が育まれる場なんです」

大会当日、浩世さんが選んだのはシックな黒のドレス。胸を張ってステージを歩く姿は、不安げだった前日の彼女とは別人のようだった。心配の種だったフィットネス審査も、笑顔で乗り切ることができた。浩世さんは同大会の50代部門でグランプリを獲得した。

愛あふれる世の中のために、自分にできること

▲セミナーに登壇する浩世さん。女性たちに魅力的な笑顔の作り方を伝えている

ミセス・インターナショナルへの挑戦を通して、浩世さんは思いやりや気配りの大切さをあらためて痛感した。自分が大変なときこそ周囲を見渡し、できることから実践しよう。そう自然と考えるようになったという。

浩世さんは表情筋エクササイズのノウハウを生かして、より幅広いニーズに応えようと考えている。あるときは、未来のコンテスタントに向けて、魅力的な表情の作り方を伝えた。あるときは、コロナ禍でマスクをつけ続けている人たちに、肌ストレスを軽減するコツを伝えた。自分の知識や技術を生かせる場所は、まだこんなにあったんだ。浩世さんはあらためて、誰かの役に立つことのよろこびを感じていた。

浩世さんの気配りの対象は、人間だけにはとどまらない。彼女はライフワークとして「アニマルチャリティジャパン」という団体に所属し、捨て犬や捨て猫を救うためのチャリティ活動を続けている。同団体では年に2回、クラシック好きの有志によるチャリティコンサートを開催。チケット代は100%、動物保護団体に寄付される。彼女は私はこの活動を通して、小さな命も見過ごさないような、愛にあふれる世の中を作っていきたいと考えている。

「もう50代だからとあきらめる必要なんてない。心から輝きたいという気持ちがあれば、女性はいつからだって変われるんです。新しい世界に挑戦する女性は、着飾っていなくても美しい。ミセス・インターナショナルがそのことを教えてくれました」

自然体の自分と向き合って受け入れ、乗り越える。簡単なようでいてとても複雑で、むずかしいことだ。浩世さんはそんな課題に正面から取り組み、立派に克服した。だからこそ彼女の笑顔には深みがあり、人から憧れられるほどに魅力的なのだろう。これからもその笑顔がますます輝きを増すことを、心から願っている。

伊藤 桜子 Sakurako Ito

ローズ・クルセイダーズ/一般社団法人国際女性支援協会 代表理事外資系航空会社の客室乗務員を経て、外資系投資銀行勤務。Best Body Japan 日本大会グランプリ(クイーン)/ミセス・インターナショナル2015 日本代表を務めた経験を持つ。みずからの経験をもとに、年齢や立場、国籍などの枠にとらわれない女性の美を追求する。

編集協力/株式会社Tokyo Edit

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COLUMNIST

伊藤 桜子