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「差別のない社会」は実現できるのか。 無差別テロの犠牲になった青年の記憶に思うこと

2021.08.02

2021.08.02

「差別のない社会」は実現できるのか。 無差別テロの犠牲になった青年の記憶に思うこと

多数派と少数派(マイノリティ)の対立。これは紛争の中だけの話ではなく、世界共通の課題だ。いじめや差別など社会問題のほとんどは、元をたどればここに行きつくと思っている。両者が手を取り合って生きる、平和な世界をつくるには、どうすればいいのだろうか。約20年間を海外で過ごしてきた筆者が、当時の経験を振り返りながら考えてみた。

「コーランを唱えられたら逃がしてやる」テロリストの脅しに屈さず犠牲になった青年の真意

私がこのテーマについて深く考えるようになったきっかけは、2016年に起きた事件だった。夫の赴任先であるバングラデシュ・ダッカで、ある宗教組織によると見られる無差別テロが起きたのだ。現場となったのは、家族の行きつけだったベーカリーだった。犠牲になったのは29名。その中には、息子と同じ学校に通う20歳の先輩も含まれていた。

その青年はとても優秀で人望も厚く、日本で言う高校3年生の頃には生徒会長まで務めていた。事件のあった日はヒンズー教徒のインド人を含む3人の友人と久しぶりに再会し、杯を交わしていたらしい。話も盛り上がってきたところに、突如武装集団が押し入ってきたのだった。「コーランを唱えろ。唱えられたら逃がしてやる」……彼らはその場にいた店員や利用客、1人ひとりにこう言って回った。

青年は熱心なイスラム教徒だった。1日5回のお祈りを欠かさず、コーランも暗記するほどよく覚えている。しかし彼は断固として口を開かず、友人たちとともにテロの犠牲となったという。翌朝警察が到着したが犯行グループの特定には至らず、ダッカの街は凍りついた。現地の外国人は、夜逃げするように荷物をまとめて本国へ帰国した。息子の学校の同級生たちも散り散りになり、挨拶もできないままの別れになってしまった。

事件から3か月ほど過ぎたころ、私は亡くなった青年の追悼式に参列した。子どもたちの笑い声が響いていた校舎は、違う場所かのようにシーンと静まり返っていた。式の最後には、青年の父親がスピーチをされた。

「皆さん、息子のために泣いてくださってありがとうございます。けれど、泣くのは今日で最後にしてください。 明日からは、隣の人と手と手を取り合いながら、笑顔で息子を思い出してやってください」

対立からは何も生まれない。自分と違う人を排除するのではなく、互いに認め合おう――。青年のお父様は、そう言いたかったのではないだろうか。息子の信念を代弁したいという思いもあっただろう。

私はスピーチを聞きながら、事件当日の青年の気持ちに思いを馳せた。いかに正義感の強い彼といえども、生死が懸かった場面である。自分だけコーランを唱えて助かりたいと、思わなかったはずはない。しかし青年は、それは結果的に差別に加担することになると考えたに違いない。彼は友人たちを、彼らが自分とは違う宗教を信じていても変わらず愛していた。身を挺しても世界にそれを示そうとしたというのは、考えすぎだろうか。

海外生活の中で受け続けた、理不尽ないじめ。「差別はなくすことができない」という現実

むき出しの差別意識の犠牲になった青年を思いながら、私は自分のこれまでの人生を思い起こしていた。父も夫も海外への転勤が多い仕事に就いていたため、私は約20年もの期間を海外で暮らした。居住地はアメリカ・ニューヨーク、オーストラリア・シドニー、イタリア・フィレンツェ、インド・ニューデリ、バングラデシュ・ダッカ。日本人の私は、どの国でも少数派に属していた。

特にアメリカでは、下校中に見知らぬ人から生卵やジャガイモを投げつけられたこともあった。当時のアメリカには、バブル期の好況を背景に日本企業が続々と進出していた。それをよしとしない人々が日本人を「ジャップ」と呼んでののしっており、子どもも例外ではなかった。

13歳で帰国し、日本の中学校に通うようになってからも、差別はやまなかった。「英語が話せるなんて生意気だ」と、先輩からいじめられた。その後オーストラリアに行くと、今度はアジア人であることを理由に差別される。どの国に行っても差別は必ずあるし、なくなることはない――私は子ども心にそう理解した。

信念や好き嫌い、主義主張。誰もが心の中に「差別の芽」を持っている

世界史をさかのぼれば、差別から来る争いによって、多くの先人が命を落としている。それにも関わらず、差別はいまだあちらこちらに蔓延っている。人種、宗教、性別、原住民かどうか、階級、職業、障がいの有無……。無数の切り口で人々が差別する側とされる側にわかれ、悲劇がくり返されている。

難しいのは、差別をする側はほとんどの場合、それを正しいと思っているという点だ。「自分はこれが正しいと思う」という信念や好き嫌い、主義主張。こうした誰にでもある感情が、差別の源泉なのである。どんな人も心の中に「差別の芽」を持っているのだと、言い換えてもいい。世界中の誰もが、差別する側にもされる側にもなる可能性を秘めているのだ。

どんなに悲しい事件が起きても、どれだけの人が犠牲になっても、この世界から差別がなくなる日はけっして来ないのだ。大事なのはその事実から目を背けず、真正面から受け入れること。自分が差別の当事者になるかもしれないという自覚のもとに、今差別によって苦しんでいる人の気持ちに寄り添って日々を過ごせば、差別をひとつ、またひとつと減らすことができるはずだ。

差別を引き起こす“切り口”は、見方を変えれば世界中の人とつながるためのツールにもなる。私は日本人の女性であり、妻で、二児の母親でもある。こうした要素を持っている人は国籍にかかわらずたくさんいるはずで、それは共感の糸口になる。差別は共感に、理解に変換できる。そう考える人が増えれば、世界は平和に近づいていくのではないだろうか。

著者紹介

河野 諭子 Yuko Kawano ● モデル・翻訳家・中学受験アドバイザー。TOEIC890点、英検1級を保有し、日本語と英語の翻訳を手がける。幼少期より約20年間の海外生活を経験。一男一女の母として、帰国後は帰国子女枠での園・学校探し、受験対応に奔走した。その経験を生かして、現在は中学受験アドバイザーとして帰国子女枠での中学受験の支援も行う。英語力を生かしてグローバルに活躍する人を増やすべく、サポートの幅を広げている。

編集協力/株式会社Tokyo Edit

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COLUMNIST

河野 諭子